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2017.01.13 Friday

酒を飲みと花をかっぱらう癖がございまして。

2017.01.05 Thursday

わたくしまだ正月を引きずってます。

2016.12.20 Tuesday

2017年、お正月

 

 

2017年、僕は日本での正月は実を言うと、三年ぶりになる。
何故ゆえ三年も日本での正月を迎えずに来たかと言うと、まず仕事を第一に考えてしまった事が大きい、だかそれだけでも無いのだ。

世の中で巻起る年末ムード。12月に入り皆仕事を年越しに引きずりたく無い気持ちは一緒で、場合によって仕事の質が落ちている様な事も多いのである。

僕は1人で生きている訳では無いので、そういった状態になれば自ずと僕にも同じ様な事が巻き起こる。

 

そして、12月も中旬にもなるとクリスマスはやって来るし、それが終わればすぐに連休がスタートし、気がつけばあっという間に年越しとなるわけだ。

何処もかしこも、かきいれどきとなる訳で、これはもう年末ジェットコースターで、もう誰にも止める事は出来ないわけ。。。

日本では否が応にもだれもが、黙ってこの乗り物に乗せられてしまうわけ。
だから、ここ三年は日本の外側で、僕は静かに過ごしていたわけなのだ。

 

それからもう一つ、正月ムードで僕が勝手に腹を立てていることがある。

それは何処もかしこも混み合い、どのスーパーも正月御節などや、普段から食べている食材までもが、正月プライスになり一般人を苦しめる。これも、また頭に来る。『人の足元を見やがって』僕は思っている。そして、それらに何も言えない状態を作り出す社会に腹が立つ。一人正月を過ごす人、低所得者には一番侘しさと無駄な勝ち負け意識を年末まで感じさせる。

 

ただ僕は今年は年末ジェットコースターに自ら乗り込むことにした。

出来るだけ、自分のペースを保ちながら、日本の良い正月とやらを過ごしたいものである。

2016.12.14 Wednesday

生身であろうか。

 

 

情報は錯綜し、自らそれらを選ぶ時代になりました。

昨今、僕は出来るだけ生身であるように心がけています。

ネット販売を自社では行わない、そうする事で売り上げは伸びるかもしれないですが、どこかは犠牲になる事でしょう。

それはもしかしたら長くお付き合いしているお店の方かも知れません。

僕自身ネットは見たりそこで購入したりします。それはなんせ便利だからです。

ただそればかりに時間を費やしてはいけないと思います。

例えば、画面の中にある物を如何にも自分が持っているような錯覚を起こさない。

会いたい相手には、出来るだけ時間を設けて会って話す事だったり。

僕はこの時代の中でも生身の人間で在りたいと思う。

時は過ぎて往き私の肉体は孰れ滅びるが、強い魂は永遠に残るだろう。

だとすれば、僕は今を真剣に生きなくてはならない。

『生身の人間で在りたいものだ。』

2016.12.13 Tuesday

おっ母さんやっぱりINDIAはカオスでした。

 

インドは今カオス真っ最中です。

通常でもなかなかのものですが、実は今、今迄の旧紙幣(インドルピー)が大統領の一言で、旧紙幣は今全く使えません。

そこで新たに、2000,1000,500ルピーが新紙幣として登場した訳です。

だからと言って新紙幣が十分に印刷されているかと言いますと、そういう訳でもないのです。だからどこに行っても両替が出来ない状態なんです。長年インドとお付き合いしてますが、これは未体験ワールドです。

現地人との会話の中で話題はいつもこの旧紙幣になります、皆困ってはいる様子ではありますが、どこか笑顔で話せるところがこの国の国民性の強さと言いますか、クレイジーさですかね。日本で同じ事が起きたらどうなのでしょう? 

*この問題についてあまり詳しく書いてません、興味がある方は是非便利な世の中なので、Myセルフしてみてください。

2016.12.12 Monday

ザ・セレブレティーホテル

 

昨日の夕方僕はオールドマナリーに着いた。そのままいつも泊まっている安宿に向かったのだが、オフシーズンのため辺りは薄暗くホテルは今営業している様子は無い。困ったもんだと思ったが、先日迄クルーにて友人の家にホームステイをさせて頂いていた際に一日彼の友人が遊びに来てホームパーティーが行われた。そこで知り合った夫婦と2人のお子さんも一緒だった。

聞くと彼らは、オールドマナリーで*セレブレティーホテルと言うなの高級ホテルを営業していると話してくれた。

しかし僕はこの名前を聞いて、思わず吹き出して笑ってしまうのを、ただ堪えるのが大変でだった。

話の流れで、僕は奥さんにそのホテルの住所と連絡先を教えてもらった。

そして、ゲストハウスが閉まっている今、他に候補も有ったのだが、なぜか僕は彼らのホテルに泊まってみようかなと思ってしまったのである。それは大変胡散臭い名のホテルだが、マナリーの冬は厳しい寒さを伴う地域であり、出来ればヒーターのある暖かい部屋で過ごしたいと思ったからである。そして、僕の友人も良いホテルだと進めていたことも僕の判断を鈍らせたのであろう。

僕は当然このホテルにはそれぐらいの設備があるだろうと考えていた、そして僕は彼らに連絡を取りセレブレティーホテルに向かった。カウンターには昨日一緒に酒を呑んだ旦那の方が僕を迎え入れた。そして僕はすぐにホテル料金を彼に聞いた。一泊の値段は通常1500ルピーするらしいが僕は1000ルピー迄しか払うつもりが無かったので、それを彼に素直に伝えてみた。

#因に1000ルピーとはだいたい日本円で2000円位だ。これだけ払えばこの国では十分まともなホテルに泊まれる金額である。

その為か彼も僕の提示した金額に納得してくれた様子であった。僕は使用人と共に荷物を運び部屋に案内された。部屋は広いものだったが、とても*セレブな感じはなかった。僕から言わせればそれなりに清潔な並みのホテルに毛が生えている位で、名前負けしているなーと思えた。その使用人は僕の荷物を下ろし、部屋の説明をしてきた。最後に明らかに彼はチップを欲しがる様子であったので、僕はポケットの中の小さい札を2枚彼に渡した。そして僕は思い出したように、彼に『寒いからヒーターをくれ。』と言ったら別料金だと言われた。僕は『1000ルピーも払って別料金か。(怒)』と言い、この小僧では話にならないと考え、部屋の中の電話でカウンターに連絡し、『一体どうゆうことだ、ヒーターが別料金だなんて。』と言ったが、男ははじめはヒーターは +400ルピーと言ってきたが、粘った僕は最後には200ルピーまで下がった。渋々、僕はそれを受け入れた。その後ヒーターを持ってきた先ほどの使用人の仕事ぶり見ていると、まるでサービス業を理解していないガサツさが目立っていた。それを見て僕はさらに頭にきた。

ヒーターを手に入れた僕はとりあえず『ホットミルクをくれー。』と小僧に頼んだ。そいつはホットミルクだけかと言わん顔して『分かった。』と僕の部屋を後にした。イライラする気持ちを抑え、バックパックから今必要なものを引っ張り出し、僕はリラックス出来る様に努めていた。しばらく経って僕は洗濯とシャワーに浴びるためバスルームに行った。服を脱ぎすっぽんぽんでバケツを使い、慣れた手つきで洗濯をし出したが、蛇口を捻るどお湯が出ない。また僕は嫌な予感がしてきた。まさかと思ったがお湯が出ないので、裸で部屋をウロウロして、カウンターに電話した。

『お湯が出ない。』そしたら、男は『分かった今行く。』と言った。

来たのはさっきの小僧で、僕はパンツ代わりにバスタオルを巻きつけながら、

小僧の作業をはじめは見守っていた。しかし次第にこいつは事の状況を分かっていないなと思えた。

なんせ、お湯の出る蛇口の先に何かジョイントのような物を取り付けている。そんなことしてもお湯が出る訳が無い。僕はタオル一丁でしばらく見ていたが『時間の無駄だ。』とそいつに言ってやった。僕は仕方なく一度服を着て、さらに電話をし、カウンターの男を呼び出した。しかし彼もまた使えないやつであった。それっぽい作業をし、最後に彼は『30分待てばお湯が出る。』と言い切った。僕はすぐに『もし出なかったどうする?俺はこの*セレブなホテルとやらで、すでに1時間もシャワーを浴びれていない。たいていの安宿だってホットシャワー位出るぞ。』言った。あまりにもこいつらは使えないし、態度も気に入らなかったので、僕はさらに『もしお湯が出なかったらホテル代は払わんぞと言った。』 彼はなんとも言えない顔をした。そして僕はまた1人部屋で時が経つのを待った。そういった時の時間の流れは遅いものだ。僕は思い出した様に、オーナーの嫁に電話することにした。そして事態を伝えた、嫁は『大丈夫。今からチェックするから折り返し掛けるわ。』と話した。結果折り返しの電話は来なかった。僕は30分経ったのでお湯をチェックしてみたが出るのは水であった。もう一度、男が僕の部屋にきた。彼は『屋上にあるボイラーが冷えて今お湯が出ない。』と愚痴った。そして、明日の朝には全てが解決するからと。僕はもう話にならないから、『もういい、熱いバケツを2杯持って来い。』と言った。そして続けて『急げ今すぐだ。』とも、男も『バケツなら大丈夫。』と初めて生き生きした顔で僕の部屋を出た。数分後熱いバケツは僕の元に届いた。僕は1時間以上待ちほぼ裸のような格好でようやくバケツのシャワーを浴びることが出来た。

これが*セレブと言うなのホテル、ザ・セレブレティーホテルです。

2016.12.09 Friday

ネクストチャレンジ

 

31歳を過ぎた頃から、少しずつ身体の衰えを感じ出した。

自分では、まだ若いと思っていたし、実際まだこれからの年齢であったと思う。その頃の僕は、身体の状態があまり良くなく、背中全体に疲れが溜まり、首や腰にまで影響が起こり、腰の筋肉が固くなり、同時に痛みを伴っていた。

そんな状況の中で、僕は近所の整体などで、ある程度自分の身体のケアをしてもらう程しか手立てが無かった。そうして整体に行く事で、自分の体調をある程度キープ出来ていたが、このまま人に揉んでもらうだけではこの先、悪くなる一方だなと悩んでもいた。

僕は考えた末に、これからは自ら何か身体を動かし、おのれに体力を付けなければいけないと思っていた。

そこで以前から気まぐれで行っていたヨガを、これからはコンスタントに通う事を決め、

代官山にある友人のヨガスタジオに通い出した。

そこでまず初回トライヤルを受けた。僕が次に購入したチケットは、なんと60日間で30回を消費するという品物だった。

要するに二日に一回ここに来て、1時間〜1時間半ほどヨガをしなければいけない。週でいうと平均3回〜4回行う。

そうしなければ、チケットは無駄になってしまうのだ。

これはなかなかのヨガ愛好家でなければ難しいし、ハードルの高いチケットだった。

 

当初ヨガを本格的に初めたばかりの僕は、大変身体は堅く、下半身特に足の筋肉も無く、いつも足をプルプルさせていた。

それはまるで、生まれたての子羊の様だったと思う。

クラスを受けた翌日は、必ずと言っていいほど筋肉痛になり、内心『しんどいなー。』と僕はよく感じていた。

スタジオ内はいつも女性の方が多くいて、男性は少ないというのがいつものケースだ。

皆生徒たちは、僕よりはるかにしなやかで、コアの力も強く持っていた。

僕は『負けてたまるかー。』と、せっせとヨガスタジオに行き続け気づけば、それなりのペースで2年ほどYOGAを続いていた。

ただ僕の身体の見ためは、ほぼ変わらず相変わらず細さが目立ち、きゃしゃであったが、明らかに僕の身体は柔らかくはなっていた。

そして、コアの力もだいぶと付いた様で、ある程度のヨガポーズはこなせる様になっていた。

それら僕の変化は、僕のやる気にも繋がっていたと思う。

ヨガは続ければ必ず成長出来る。そして、ヨガの道のりは大変長いものである。しかし続ければ必ず進化出来る事が分かり、その答えが僕にとってとても面白かった。これらは、人生に比例するはずだ。

 

さて、普段僕の仕事を簡単にふりわけると、主にディスクワーク(デザイン、指示書制作、発注など。)や、旅先のありえない量の荷物運び、半年かけてのサンプル作り(#時として完成しない場合も有)展示会が近づくとさらにバタバタ珍道中になる。そして展示会準備、展示会などの入れ込み搬出作業などは、なかなかの重労働になり、それらをするのは自分であり、自分たちである。

そのため、それを支える身体作りを、今はヨガが支えるてくれているのは云うまでも無かった。

 

例えば僕に『ヨガとは何ですか?』と聞かれたら、僕はこう答えるようにしている。『はい、ヨガとは究極のラジオ体操です。』と、

これはどこか美味しんぼイメージしてもらいたい。
僕は今現在も変わらずにヨガを続いている。最近数えてみたところ、今は5年目になったところだ。変わったのは、以前に増して身体はフレキシブルになった事。その反面、以前ほどの身体の成長の幅は少なくなって来ている。

これは僕にとって次のステップに入った気がしている。
僕はこの身体の動きをもっと他に使えないかと考えていた。そして考え抜いた結果、僕はボクシングを始めてみようと思っていた。
僕のボクシングの認識として、大変タフなスポーツで、危険であり、易々と始めていい品物で無いこと、そしてさらに当時35歳の僕が始めていいものかと戸惑いもしたが、冷静にこれは、僕のラストチャンスなんだと勝手に決め込み、これに賭けようと自分を盛り上げた。その後、ボクシングのこと色々と調べてみると、プロライセンスは32歳までに取得出来ないとプロにはなれないと、

ボクシング協会ルールに書いてあった。なので僕は既に賞味期限が切れているって言うことだ。

僕はそれが分かった時、残念な気持ち半分と、まーある意味僕は運がよいじゃないかとか思っていた。
よし!!何はともあれ僕はボクシングをはじめるんだ。

しかし、僕にはこれと言った目標はまるでなかった。ただすぐにボクシングを辞めるのだけはしないでおこうと思っていた。

諦めるのはいつも簡単なのだ。何でもそうなのだが、出来ない初めのうちには、すぐに楽しいはずが無い。

ある程度、そのものを味わわなければすべては無駄骨にある。

 

そこでまず、僕は以前に住んでいた明大前にあるボクシングジムを思い出していた。

そこはなかなかのインパクトのあるボクシングジムだった。外観が全てペンキでパッションピンクに塗られ、その辺りでは異彩を放っていたし、練習生はあまり見なかった気がした。僕はこのピンク色でJR線路沿いのジムが気になっていたので、まずは連絡してみようと、電話してみたが既にそのジムは廃業してしまっていた。

それから僕はネットサーフィンを行い、都内のボクシングジムを隈なく探した。
僕はジムに対して、色々な条件を設けたがその条件をクリア出来る1つのジムを僕は見つけ出した。そこは九段下にあるジムで多少僕の家から遠いわけなのだが、地下鉄半蔵門線で一本で行けるという利点も在ったので僕は迷わず電話をした。

そして、すぐに無料体験の予約をし、その日のうちにジムに訪問した訳だ。こういう場合すぐに行動しなければ僕はなかなか行かないめんどくさがりやだと自負している。九段下駅から歩いて10分、靖国神社の敷地を潜り、ジムへと向かった。そこは、台湾料理屋の地下にあった。恐る恐る急な階段を下りると、その日は肌寒い11月だというのに信じられないほどの熱気というか汗臭さがカウンターパンチの如く僕の鼻をかすめた。そして、同時に目が曇るような霧が辺りに立ち籠めていた。35年間生きているがこれほどの汗臭さを僕は感じた事が無かった。そして、例の如くあの乾いた『パンパン』と鳴る音が鳴り響いていた。

僕はとんでもないところに足を突っ込んでしまった様子だ。後ずさりしながらも、なんとか靴を脱ぎ、カウンター越しの会長らしき人に挨拶を済ませ、僕は初めてのジムワークを行わせてもらった、45分ほどだったが想像以上にトレーニングはキツイものだった。

 

上記に書いた様に、僕はヨガを変わらぬペースで行なっていたので、体力には結構自信があったのだが、やはりそれは初心者に他ならないということだった。コーチの指導のもとミット打ちをさせてもらったが繰り返しパンチするだけで、僕の身体からは全身汗が吹き出していた。僕はあまり汗のかきやすい体質では無いのだがその時の僕は、驚く程の汗をかいていた。

それらを体験してようやくあの入口で味わった、あのなぞの熱気をようやく理解する事が僕は出来た訳だ。

そして、それ以降匂いも気にならなくなった。このことも大変僕もびっくりしている。

体験練習後、コーチにお礼をいい、ジムの方針を聞き僕は足早にジムを出て行った。

帰り道、緊張からの解放と、今までに掻いた事の無い汗の量から来る言葉にしがたい充実感で僕は空を見上げて、1人笑っていた。

そして電車を乗り継ぎ、無事家に辿り着いて、まず僕がしたのはビニール袋に入れていた汗で湿った短パンとTシャツを洗面台に向かって絞ってみる事だった、結果少し絞れた。これはまさに漫画の世界だと、僕はさらに感情を高め『ふふぉふふぉ』言いながら『ボクシングはすごいな。』と一人しゃべっていた。
その瞬間、僕はあのジムに入会することを決めた。

 

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